2011年4月20日水曜日

癒し系スポーツ ヨタハチ













今思うとタレパンダのような癒し系の顔つきである。
ずんぐりむっくりの胴体は太平洋戦争で局地戦闘機として活躍した三菱の雷電を思わす。
東京モーターショーに2000GTと同時に展示されていて、兄弟のようだと思った記憶がある。
これだけ独特の形をしたスポーツカーは当時、斬新だったばかりではなく、そのままの姿で今、リメイクしても売れるのではないだろうか。
丸っこいのが筋張ったホンダのS800よりグラマラスでセクシーである。

S800










ライトウェイトスポーツというか、もともとバイク屋さんのスポーツカーだけにチェーンドライブだったりもする。
ボンネットの出っ張りがS600との違い。
この膨らみは、日本車ではなかった特長で、当時、おでこにこぶのあるおじさんをエスハチと呼んでいた記憶がある、不謹慎な少年だ。
免許のない時代の車だから見るだけで乗ったことはない。

アグネス・チャン


尾崎さんがどこにいるのか分らないのと対照的にこの人はまだテレビに時々出ている。
昔は、歌手だったというような芸能人としてだろうが、日本をちょっと離れて見られる視点が重宝がられているのかも知れない。
ひなげしの花でデビューしたてのころはアイドルだった。
覚えたての日本語で歌う歌詞は新鮮で、一世を風靡したが、その後も長年日本にいる割には、相変わらず日本語がたどたどしいように感じるのは私だけだろうか。
代表曲、ひなげしの花の他にもたくさんのヒット曲があったと思うが思春期の少年の心は、やがて同じアグネスでもグラビアアイドルのアグネスラムの方に移っていったのであった。

また逢う日まで













尾崎紀世彦といえばまた逢う日まで、また逢う日までといえば尾崎紀世彦。
すなわち僕の脳裏では、”尾崎紀世彦”=”また逢う日まで”という関係が存在している。
平たく言うと一発ヒットなのだが、この題名自体がこれで芸能界からはサヨウナラという意識を持っていたようにも思えるのは皮肉だろうか。
またいつか逢えるのだろうか。

オー・モーレツ


オー・モーレツ
あの時代、日本はモーレツに突っ走っていた。
欧米に追いつけ追い越せ、高度経済成長の中でスピードアップは良いこととされ、夜中まで残業した後に仕事を家に持ち帰ってまでするモーレツ社員が大勢いた。
コマーシャルに裸を目にする機会も少なく、通り過ぎる車のモーレツなスピードに小川ローザのスカートがめくれ上がっても新鮮な色気を感じた、そんな時代だったのだ。

映画 卒業

















サイモン&ガーファンクルのサウンドトラックをバックにダスティホフマン演じるベンは、それまで優等生だった学生を卒業し、人生で大切なものを見つけて行く。
初めての女を経験するこのシーンもそれまでの学問とは異なる生身の授業の始まりであった。
社会勉強の最初の教師はロビンソン婦人のアンバンクロフトであったが教師というよりも反面教師といえるだろうか。
若き日のキャサリンロスもスクリーンで輝いていた。

南沙織


南沙織 この沖縄出身のアイドルの登場によって沖縄では公用語が英語だと勘違いすることになる。
色黒でエキゾチックな整った顔立ちで日本本土を魅了、安室奈美恵の先駆だったといえるのではないかと思う。